Vich-Review

≫2005年04月

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『1984年』 / ジョージ・オーウェル (完結編) 


ありふれた「屈従する自由」、普遍的な「偉大なる兄弟」




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ウィンストン 「自白は裏切行為じゃない。君が何をしようと、そいつは問題ではない。ただ感情だけが大切なんだ。もし彼らが僕に君への愛情を失わせたら―それこそ本当の裏切りといえる」


ジューリア 「そんなことができるはずがないわ。それだけが彼らにできない唯一つのことよ。彼らがどんなことだって-ありもしないことまでも、喋らせることはできるでしょう。だけど、ああなたにそれを信じさせることだけは不可能だわ。あなたの心の中まで入り込むわけにはいかないもの」





『1984年』に関するネット内の記述をいろいろ見ていくと、この作品とV・E・フランクル『夜と霧』の対照的な内容について感想を述べたページに出会った。同じ極限状況の世界を描きながら『夜と霧』では人間性への信頼を謳い、『1984年』は人間性の全体主義への敗北で終わる。わたしはフランクルの著書は学生時代のゼミでよく読んだ縁もあって、この指摘に興味を覚えた。

フランクルは人間はどんなにその人生からあらゆる自由が奪われ拘束されても、自らの運命に対して「どのような態度をとるか」という自由が残されていると語った。『1984年』ではその自由さえも残してはもらえないのだ。なぜならこの作品で描かれる権力は、反逆する人間を捕まえてただ殺すという安易なコースを選ばない。反逆者が自分が反逆したことについて心の底から愚かしいと思い、権力者を愛するようにまでなった時点でようやくその人間は歴史上から抹殺されるのである。

非常に周到で徹底されている手段だ。ただ反逆して処刑されるなら反逆者は殉教者として記憶される。だが「殉教者を残さない」こと、反逆者の内面までもすっかり反逆者自身に転向させることで、反逆の事実自体をすっかり抹殺させてしまうこと、そうすることですべての事実をあったことにもなかったことにもしてしまうこと、すべての知識と歴史を完全に支配してしまうことを可能にするのである。殉教者の存在を知らなければ殉教ということさえ存在しなくなる。翻って、もはや敵国という存在が存在しなくても敢えて存在することにしておけば、戦争は継続され、人々の不安は継続され、権力は存続するわけである。


オブライエン 「ウィンストン、訓練された精神の持主だけが現実を認識することができるのだよ。君は現実とは客観的なもの、外在的なもの、自律的に存在するものだと信じている。(中略)・・・しかしはっきりいって置くが、ウィンストン、現実というのは外在的なものではないのだよ。現実は人間の、頭の中にだけ存在するものであって、それ以外のところでは見つからないのだ。それは過ちを犯しがちな、ともかくやがては消え失せるような人間の頭の中には存在しないのだよ。集団主義体制の下、不滅である党の精神の内部にしか存在し得ないのだ。党が真実だと主張するものは何であれ、絶対に真実なのだ」


オブライエン 「われわれは精神を支配しているからこそ物質も支配しているのだ。現実というのは頭蓋骨の内部にしか存在しないのだよ。君も段々に分って来るさ、ウィンストン。われわれに出来ないことは何一つない。姿を隠すこと、空中を浮遊すること ― 何だって出来る」



わたしたちは通常、自分の目の前にいる人間が空中浮遊するなどとは信じない。それは空中浮遊を見たことがないわけである以前に、「万有引力の法則」を教育によってインプットされてるからである。

しかし外側からの圧力にしろ、わたしたちが自律的に「万有引力の法則」をわたしたちの頭から喪失させて、「目前の人間は空中浮遊するかもしれない」という原則が代わりに入れ替わったらどうだろう? もしくは「目前の人間は空中浮遊が可能であるし、可能でなくても可能だということができる」という論理がわたしたちの頭の認識を支配すれば、わたしたちの目前にある世界は客観的な諸事実を全て変更可能になるのではないか? そんなことは絶対に不可能だと言い切れるほど、わたしたちは自分自身で世界を説明し尽くせる自信を持っているだろうか。「南京大虐殺はなかった」ということを全く主体的に信じられる人間がこの日本に現れて、まだ戦後60年である。「南京大虐殺」という記述が全ての教科書から消えて20年も経てば、もしくは「南京」という言葉が消え、「大虐殺」という言葉が消され、言語も知識も消失せしめられた世界(これこそがオセアニア国のニュースピークである)「南京」も「大虐殺」も存在しない外部の客観性の前に「南京大虐殺は存在した」と信じる主体的な自由を保持する自信は「盲信」とか「狂人」のレッテルからの自由が必要になるのではないか。

ウィンストンにとって権力から抹殺される運命でありながらもその運命に対して「どのような態度をとるか」という自由は、それはどのように拷問されて全ての自白を行っても処刑される寸前まで「ジュリアを愛しつづけている」という内面の自由だった。もしくはそのような人間性をもち続ける人間であり続ける自由と自らへの誇りを持って死ぬことだった。

しかし彼は「101号室」の拷問において、それまでどんな拷問を受けても(まして拷問を中断されて健康を回復した時点で101号室の拷問は物語の中で展開される)その最後の自由を失うまいと思っていた自分を、無残にも完全に放棄するのである。彼がこの世で最も嫌悪しその存在を悪夢の中にさえ「自らを欺く」ように葬り去ろうとしたネズミを使った拷問だった。


ウィンストン「ジューリアにやってくれ!ジューリアにやってくれ!自分じゃない!ジューリアにだ!彼女をどんな目に合わせても構わない。顔を八つ裂きにしたっていい、骨だけにしたっていい。しかし、俺にじゃない!ジューリアにだ!自分じゃない!」



拷問を終えたウィンストンは解放される。普通の市民に戻る。仕事すら与えられている。彼はもはや監視すら恐れなくなってしまった。そしてジュリアに再会する。そしてもはや以前のようにジュリアを愛せなくなった自分と、全く自分と同じように自分を裏切ったもはや以前のジュリアではないジュリアを見つける。

ジュリアもやはり「101号室」でのウィンストンと同じことを告げる。「とても耐えられない、夢にも考えられないようなこと」によって、「自分にじゃない、誰かにして」と口走った事実を。ジュリアは「誰か」と表現し、それが「ウィンストン」であるとは告げていない。しかしウィンストンはその「誰か」が自分であることを了解しているようだ。ジュリアにはどのような拷問がされたのか。物語はジュリアにそれをウィンストンに告白させないし、ウィンストンもそれは同じだ。彼らは互いに共有できない何かによってお互いを裏切った。彼らが共有できるのは拷問によって「誰か」を裏切ったという自他への軽蔑のみである。その拷問のときに確実に自分がかつて信じていた自分を放棄していたという、もはや内側から崩壊した空っぽの「生ける屍」である最も確実な事実への畏怖と敗北感である。

ジュリアを愛し続けながら死ぬという最後の自由のあっけない脆さの前に、ウィンストンは自分の運命を前にして「どのような態度をとるか」という自由を得ることなく、「どのような態度をとるか」という自分を見たに過ぎない。そしてそのことはもはやジュリアを愛する自分も、そんな自分を愛する自分すら卑小にしか感じられない。彼は自分を信じることのみで人間であリ続けるということが出来なくなる。もはや自分の過去すらも「偽りの記憶」になる。母の思い出も「偽り」ではないと思えない自分に気づく。

彼は洗脳されたのではない。自己同一性を失ったのではない。自己同一性を信頼できなくなった自分を事実として認めたのだ。もっと言えば、「自由は屈従である」という権力の主張の前で、「どのような態度をとるか」という残された最後の自由の選択において、「屈従は自由である」という運命を選択した自分を知る。オブライエンが拷問の時に自分に告げた言葉そのものを受け入れた自分を。


「彼らは現に心の中にまで入り込んできた」



かくして物語のラストに彼は反逆しようとした権力の頂点である「偉大なる兄弟」を愛するようになる。

この「偉大なる兄弟」は「金日成」とか「スターリン」にも置き換え可能だが、「イエス」でも「マホメット」でも可能であるような気がする。誤解を恐れずに言えば、それは「ガンジー」でも「ヨハネ・パウロ2世」でも「ジョン・レノン」でも「アインシュタイン」でも「尊師」でも「長嶋茂雄」でも構わない。いや、「万有引力の法則」だとか「唯物論」だとか「平和主義」でも構わない。実在・非実在、人物・観念の区別なく置き換え可能である。もしかしたら「わたしの恋人」だとか「尊敬する父母」とかでもいいかもしれない。「ジョージ・オーウェル」でももちろん構わない。

「屈従する自由」を感受した、か弱きおのれの「人間性」の醜悪を知った、自分とは言えなくなった自分にとって、手の届くところにあってそっと被承認欲求を満たしてくれるものであれば「偉大なる兄弟」は何であってもいいのだ。なぜならこれは洗脳ではない。

外在する自然や、事実や法則、歴史、目前の世界のあらゆる物事が頭を通過するとき、客観性という自分の頭の中を自分で疑い、自分で現実を、真実を見通すことが出来ない、そういう自分を自分の意思によって受け入れた人には「偉大なる兄弟」を愛することでしか、もはや生きられない。

ラストのウィンストンは「生ける屍」だろうか。もはや「人間性」を失った「人間」ではない何かだろうか。だが、わたしには限りなく人間らしい人間という印象を受ける。「偉大なる兄弟」なくして生きられる人間をわたしは見たことがないかもしれないから。「偉大なる兄弟」が全体にとって承認されたものか、否定されるべきものか、いずれにしろ「偉大なる兄弟」をわたしたちが望んで欲するとき、もはやその時点でわたしの目前に「オセアニア国」によく似た全体主義が見えてくる。もちろんそれは『1984年』というフィルター越しという限定付きで。


「生い茂る栗の木の下で/俺はお前を売り、お前は俺を売った」






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ジョージ・オーウェルというひと


『1984年』はよくデストピア小説と言われるが、わたしは正確にはそうは思えない。

架空の「オセアニア国」や「テレスクリーン」、「ニュースピーク」などという設定の可能性を描きながらも、そういったオーウェル的世界の一端は現実の世界に達成されているような気がする。そして主役ウィンストンが辿る敗北への心理過程は、その設定さえ違えば、よくある人生における自己の挫折の本当の意味での恐怖を普遍的に描いてる気がするし、ウィンストンのような敗北的な精神の死を迎える人間はいつの時代にもどこかに必ずいるのではないかと思えるのである。

そして、これほど冷徹で計算された管理社会像のプロットであってもシニカルではなく作者の強烈な主張を感じさせたり、これほど読み終えるのが苦しい過酷で恐ろしい物語でも最後まで読ませようとするほどの温かみや誠実さを備えているのも、ひとえにオーウェルが描いたからだと思う。オーウェルという作者が「オセアニア国」への憤りやウィンストンたちへの哀しみという感情と格闘し抑制しながらひたすら描写を重ねてゆく、そういう書き手が目前で時間を超えてリアルタイムで執筆時の温度を伝えてくるような、そんな肌の温かみがわたしには感じられる。

冗漫な箇所も目立ち、決して小説として成功とはいえない『1984年』がわたしの中で傑作足るのは、オーウェルという人間の面白さと、彼の写実的で直截な、ルポルタージュ的な鋭利さと文学的虚飾の乏しいストイックな不器用さを併せ持った文章の特徴であるからかもしれない。


「“やむをえぬ殺害”という言葉に注目してほしい。こんな言葉が書けるのは、殺害がせいぜい言葉でしかない人間だけである」


「ユダヤ人差別について検討しようとするのなら、『なぜあきらかに非合理なこんな信念が世間の人々の心をとらえるのだろう?』とは考えず、当然、『なぜユダヤ人差別思想はわたしの心をとらえるのだろう?』という疑問から出発しなければならないわけである」



マイケル・ムーアの映画での引用など見ると、オーウェルはアフォリズムの天才のように感じられるが、実際の彼は小説家でもあるがエッセイや評論こそが本領のような人で、具体的な対象について極めて詳細にデッサンを重ねるように説明文を繰り出すような人だとわたしは思う。そして、決して、good(良い)とかungood(良くない)で物事を裁断しない人だ。そしてごく当たり前のことを突き刺すようにスピードボールで投げ返してくるような人。当たり前に過ぎるのに嗅覚が良すぎて結果的に鋭く噛み付いてしまったような余韻を残す人。


「わたしの最大の目標は政治的な文章を芸術に高めることであった。わたしの出発点は、つねに一種の党派性、つまり不正に対する嗅覚である」


「暴露したい嘘があるから、世の注意を促したい事実があるから、書くのであって、最大の関心事は耳を貸してもらうことである」



彼は大学に行かずにミャンマーで警察官になって植民地支配の手先になったり、ホームレスになったり、スペインでファシズムと戦ったり、第二次世界大戦中に国営放送で働いたり、短い人生で激しくその行動の振幅が広かった。その人生と同じく、書く文章も実益や具体的な内容の味気なさと、ラジカルな言説と、デジカメの時代に水彩画を描くような装飾をするような、ストイックで、立ち居地が不安定で、右からも左からも石を投げられそうな、ストイックで不器用な物書きだったと思う。誤解も受けやすかっただろう。

しかし党派性を嫌い、正統を疑う彼は、だからこそ対象を語るときに安易に物事を裁いていない。そして必要以上に多くの言葉を使い、比喩を並べ、説明に説明を重ね、平明で分かりやすい言葉を丁寧に使う。彼のエッセイはジャーナリスティックと言われる文章の典型だが、わたしは彼のような文章を新聞や雑誌で読んだことがない。それは自分の論悦に酔うような自己耽溺がないからだろう。気の利いたジョークが笑えないからだろう。説明が乾いているのに、本気で絶望するオーウェルが見えたりする、矛盾した現象が起こっているからだろう。


『1984年』で語られていることは、哲学者のミシェル・フーコーが指摘した内容(『監視と処罰』やその他)と相似点が多い。オーウェルが政治的な目的で文章を書くことに「わたしの生きているような時代に」そういうことをしないのは「ナンセンスだ」などというような人間でなければ、フーコーのように形而上学寄りな文章をつらつら書いていたかもしれない。だがそうではなかったから60年代の闘士の名残を残したマイケル・ムーアや勘違いブロガーに引用されたりするのだろう。

オーウェル評論集』の解説で読んだが、死の直前のオーウェルは自分と政治的立場の違うイーヴリン・ウォー(わたしは知らないが検索すればゲイ作家として紹介されていた・・・)を評価する文章を書くつもりだったという。そのウォーもまた保留を残しながらもオーウェルの作品を評価しているという。「二重思考」だとか「ニュースピーク」という前衛的な発想を生みながら、「よき昔」「自然」「友情」といった懐古的なものを愛する人であった。要するに彼の政治性というのはある一定のセクトコミュニティからそれ以外の外部を排撃するような卑小なものではなく、すべての「正統」の「不正」を立場の左右を問わず解き明かす作業のことであったのだろう。

植民地の警察官をやったり、ホームレスを経験した経歴がオーウェルのノンセクトな立ち位置を豊富にしたのかもしれない。そして彼は「政治的な文章」を書きながら、いつも左右のイデオロギーから遠い人だったと思う。むしろ、「信頼」とか「人間性」というものに依拠し固執続ける。さもすれば古いタイプと揶揄されそうだが、そういうオーウェルの前衛の激しさと愛情の豊かさが両極に対峙しながら彼自身の中で振幅の揺れを交錯し続ける。そういうオーウェルという人間が限りなく面白い。

今回オーウェルを書くにあたって、いろいろな本を読み返したりネット検索したりした。『ナショナリズムについて』という読み落としたエッセイを読んで、日頃、「ウヨク」だとか「ヲタク」だとか「ネオコン」だとかの言葉を一括りの代名詞であるかのように個人攻撃のような感情的悪罵をしがちな自分に反省したりもした。オーウェルという対象に対してオーウェル並みに対象を解き明かすことへの責任感を持とうと不埒に思って、予想に反した長い駄文を重ね、不必要に言葉を要した。文章を書くことが久々に苦しく思った。目的に迷った。

『1984年』に寄り添いながら温かい気持ちにもなれた。冗漫であるというのは分かるが、暗いとか、恐ろしいとかいう作品評に出会いながら、わたしには温かい気持ちがあった。

それは「一羽のツグミの囀り」のくだりや、ウィンストンの母と妹に関するくだりの文章に綴られるようなオーウェルの素朴で飾り気の少ない実直な描写に、暗がりの中で思いもかけず心の豊かさに出会うように魅せられるからだろう。

わたしは鋭利な鋭さに隠れてしまいそうな、彼の訥々としながらも多弁で、古めかしいけれど自分の感動を畳み込まずに、写実的な説明と心の高まりの緊張をぶつけ合わせるような言葉の多い彼の自然や心境の描写がすきだ。決して上手いとはいえなくもせめて愚直なまでに読み手への伝達の客観性に誠実であろうとする彼の書き方が好きだ。

オーウェルの『なぜ書くか』を読むと、『1984年』のような主題を書くことへの厳しさから距離をとれてほぐれながらも、実直であるくせのつきまとう彼の面白さが垣間見えて、微笑ましくなるのだ。


「これまでの仕事をふりかえってみるとき、命が通っていない本になったり、美文調や無意味な文章に走り、ごてごてした形容詞を並べて、結局インチキなものになったのは、きまって自分に「政治的な」目標がなかった場合であることに気がつくのである」



オーウェルは『1984年』を命を賭して書いて、世に出してまもなく半年を経て死んだ。

彼が平和な時代に物書きをやっていたなら、野球の評論なんかを読んでみたいと阪神の試合をラジオで聞きながら思った。

門田博光福本豊みたいにおもしろい解説が聞けただろうと、そんなことを思いながら、ユーリズミックスの“juria”を聞きながら、この記事の完成を急がせていた。




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1984-The Movie
イギリスのサイト。映画「1984」のスチール画像が見れ、映画でのせりふの音声が聞けます(もちろん英語ですが。。。



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『1984年』 / ジョージ・オーウェル (中編)


「一羽のツグミの囀り」に描き出されたもの




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映画の『1984年』では国家の監視を逃れるべく郊外の田園地帯に出かけたジュリアとウィンストンが、国家の承認を得ないセックスをする場面は割とあっさりと描かれていたと思う。

だが原作のその場面は全然違う。隠しマイクの危険性のない森の中で抱き合ってもウィンストンは欲情を抱くことが出来ない。なぜなら欲情は「思想犯罪」であり恋愛は禁じられていた。セックスは党や国家に奉仕するための生殖の手段であって、快楽を伴うことや相手に魅力を感じる感性そのものが禁じられていた。

ウィンストンの本来的な性本能、欲情は骨の髄まで党の規律に蝕まれ、彼はジュリアを自然に抱くことさえ出来ない。

結局、ウィンストンとジュリアのセックスをいざなったのは彼らの欲情の意思でも本能でもなく、「一羽のツグミ」の囀りだった。


「鳥はいったい誰のために鳴いているのだろうか」



ツグミの囀りを聞き入っている間にウィンストンの中から「脳裏からあらゆる妄想」が消え、「彼は考えることを止めただ感ずることにした」。

そうやって一羽のツグミの囀りに押されるように、二人は「党を分解させる力」としての「相手を選ばぬ単純な欲望」、性本能を互いにぶつけ合うことに成功する。

しかしその行為が終われば、ウィンストンの欲情はまたしても現実へ引き戻される。


「しかしツグミが囀っていた時、ハシバミの木の下で感じた無心の優しい心はついに戻ってこなかった」



ウィンストンとジュリアに、本性的な人間らしい振る舞い、人間らしい情動としての欲情を取り戻させた一羽のツグミの囀り。二人は後になってもう一度この瞬間のことを思い出そうとする。


「覚えているかい、あの最初の日、森の外れでツグミが僕たちのために歌ってくれたことを?」


「ツグミはわたしたちのために歌ってくれたんじゃないわ。自分の楽しみで歌っていたのよ。いいえ、そのためでもないわ、ただ囀っていただけなのよ」



ツグミの意図のない、囀るためだけの囀り。そのような自然な振る舞い。それこそがわたしたちが他者に恋をし、欲情し、性感を求め合う一連の過程の単純な成り行きである。

奉仕するための生殖のために、党への忠誠のために、男女間の欲情にまで国家が介在する。なぜか。そのようなごく当たり前に成り行く自然な行為は人にもっとも他者との結びつきを、理由ではなく、説得させる。本来、社会的役割よりも恋人や家族との結びつきが先行するのは、そこに自己の考える意思以上の、自然にただ感じるということの思考やモラルの差し挟めないゆえに強力な説得力が備わっているから。

だからこそ、党は権力が作り出した「二重思考」「ニュースピーク」が介入できない男女の結びつきの「自然」を排除しようとする。

その束縛を解き放ったツグミの囀りこそが、人間らしい振る舞いを禁じた人間社会のウィンストンとジュリアが目の当たりにした、当たり前の、あるがままの自然であり、ただセックスしたいためにセックスをするという当たり前に感じること、人間の振る舞いを呼び起こした。




ただ当たり前に感じること、そういった人間らしい振る舞いに対する「救い」への希求。

そういったものに関して、ツグミの囀りと同じように呼応する物語のエピソードが他にも現れる。

ウィンストンが少年時代に生き別れた母や妹への回想である。

極貧にあえぐ彼の一家。配給で与えられたわずかなチョコレートを、少年ウィンストンは飢えた幼い妹の分までも奪って、母の叱責と悲しみを振り切って家の外へ飛び出した。そして奪ったチョコレートで空腹を満たし、自分の行為の恥ずかしさを感じながら帰宅すると、もはや母と妹の姿はなく、ウィンストンはそれっきり家族と生き別れてしまう。

ウィンストンは母が彼を呼び止めようとした最後の叫び、瀕死の妹を抱擁する母の姿を思い起こし、母の行動の、ただ自然に当たり前になされたその振る舞いを、何度も反芻する。

彼の母は「非凡な女性」でも「知的な女」でもなかった。その時思わず妹を抱きしめた母の「一種の気品と一種の純潔さ」。チョコレートの最後のひとかけらが抱擁によって新たに現れるわけでもなく、子供の死を回避することが出来ない役に立たない行為であった。だがウィンストンはそこに特別な意味を見出す。


「無駄な行動というのは意味がないからといった考えは夢にも思い付かなかったに違いない。もし誰かを愛するとすれば、あくまでその人を愛さなければならぬ、何も与えることがない時はその人にまだ愛を与えることが出来るのだ」



母にとって、死に瀕した娘への無為な抱擁とは、
「そうすることが自然のように思われた」行為に過ぎなかった。

ウィンストンの母のその「気品と純潔さ」には、
「それはただ母が押し付けでない規範を守ったからに過ぎない」というまったく個人的な意思、感性に属したものであった。


「母の感情は生得のものであり、外部の力によって変えることが出来ないのであった」



それこそが国家が圧殺しようとした他者への結びつきに対するごく当たり前の人間性から発する人間らしい振る舞いそのものであったはずである。




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イラクで日本人が人質になったとき、わたしたちはその悲嘆に暮れる家族に「自己責任」を放棄した「反日分子」といったロジックでヒステリックなパッシングを行った。

同じ被害者でありながら「拉致被害者」の家族らが北朝鮮への経済制裁を呼びかけることにはわたしたちの中に何の躊躇もなかったが、「人質」の家族が自衛隊の撤退を口にしたものならそのパッシングは更に激化した。

同じく家族を奪われたものでありながら「拉致被害者」の家族は声高に論調のボルテージを上げることを容認され、「人質」の家族には非国民ばりのレッテルを張りひたすら頭をたれることを要求する。

限りなく官邸主導で導かれた「自作自演」説などというものはあったが、同じ被害者に対する矛盾したわたしたちのこの態度こそ、全体の必要によって容易に真理の矛盾を変更する「二重思考」ではなかったか。

小泉首相が二度目の訪朝の際、ほとんど何の結果も得られずに帰国したとき、それを非難した拉致被害者の家族を今度はパッシングが行われた。

あれだけ同情されていた拉致被害者の家族たちに対するパッシングは予想外であったが、それはもともとこの事柄に対して、被害者の肉親を思う気持ちとはまったく無関係に程遠いわれわれの側の身勝手なエゴが、拉致被害者の家族の行動が出すぎた杭のように不快に思われて、それを叩こうとしたパッシングであったのだろう。

国家があらゆる「情緒」的な事柄に対して行う不正はその情緒を短いスローガンに矮小化して煽り立てることだけだ。

いわく、「テロとの戦い」、「自己責任」。「オセアニア国」の「無知は力である」を踏襲するかのように感情的スローガンがわたしたちに思考を挟み込むことなく「憎悪の二分間」へと駆り立てる。

わたしたちは見事にその「全体」の意思に寄り添ってきたかに思える。
北朝鮮拉致事件が明るみになれば民族感情を沸騰させ、イラク人質事件が起こると国に余計な迷惑をかける無責任な跳ね上がりとばかりに「全体」の論理を優先させた。

だが、そこには国家という、公という「外部の意思」、外在する「全体」の意思を無自覚に、あるいは扇情された憎悪のうちに自分の意思と取り替えたに過ぎない。「押し付けられた規範」に自ら迎合していったのだ。

だからこそ、拉致被害者の家族が肉親を思う気持ち、イラクの人質の家族が子や兄弟の安否に見をそがれる思いに対する感情に決してリンクすることはなかった。

ウィンストンの母のような「押し付けではない規範」「生得の感情」に対する理解は、完全にわたしたちの中で致命的にスポイルされていたことがそこでははっきりと暴露されていた。

わたしたちのスポイルされた人間性の荒廃の中に、北朝鮮の飢餓で苦しむ子供らの悲惨な映像を眺めながら同時に圧倒的弱者の彼らを餓死に追い込むことは必然である経済制裁でさえも可能にさせる。

この荒廃の中ではわたしたちはむしろ主体的に北朝鮮への「二分間の憎悪」に狂騒し、全体に自らを同一化させているのではないか。そこではわたしたちは『1984年」において「ユーラシア国」を憎悪する「オセアニア国」の官僚的党員の姿に酷似する。

ウィンストンはオセアニア国においてもはや監視や統制の対象ではなくもはや「動物」と同じ扱いを受ける「プロレ階級」の中に希望を見出そうとする。

それは、彼らにとって

「大切なのは個人的な人間関係であった。そして全くどうしようもない仕草や抱擁、涙、死に瀕している人に語りかける言葉などもそれ自体の中に価値をもつと考えられていた」



そういった「党や国家、観念」ではなく「お互い同士に忠実な」「人間性」を見出していたからである。

ウィンストンはそれを「素朴な感情」とも言い換えているが、これは彼の母の感情の「生得」さ、「押し付けではない規範」の当たり前の自然さと全く同じ意味なのである。




『1984年』の中で「オセアニア国」の監視や統制、観念に対して、それに反発する位置に置かれているものは決して「オセアニア国」に対する単純な反発の意思や義憤などではない。

多分に仕掛けられたシステムの統制に対する思想的な反動は、それ自体が「観念」であり、体制への「憎悪」は、比較的簡単に「オセアニア国」の「ユーラシア国」(リアルの現実ならば北朝鮮やイラク)に対する「憎悪」に類似していて、あっさりと置き換えられたりするものだ。

ここにこそ『1984年』がアンチ全体主義社会への啓蒙書として安直に読まれてしまう危険性、誤解が存在している。

オーウェルが最も言いたかったこと、全体の統制に対置させたかったものは、むしろ作られた観念や憎悪に似た義憤などではなく、「プロレ階級」に描かれた「お互い同士に忠実な」「素朴な感情」というような人間性ではなかっただろうか?

ウィンストンの母が示したような「生得」の感情や「押し付けでない規範」から生ずる「気品と純潔さ」、「そうすることが人間らしい」と思われるような当たり前の、人間らしい振る舞い、明確に言えば個人の自由な意思に基づく人間らしい思いやりや優しさこそが、全体主義の意思が示す観念や扇情する憎悪に対抗しうるものなのではないだろうか。

そしてそれは、ジュリアとウィンストンが「一羽のツグミの囀り」に押される形でしか発揮することの出来なかった情欲のように日常の中で硬直し、軽侮の対象であり、あるいは全く振り替えられることなく「自己責任」などという意味不明のロジックにすら隠蔽され、故意に通過させられる。

わたしたちの圧縮され、流動的なシステムで置き換え可能な人格として扱われる世界において、素朴な人間らしさ、当たり前の振る舞い、そのような愛は「ツグミの囀り」に気づかされた「無心の優しさ」のように脆く、はかない。

わたしたちの規範や道徳・倫理は近代社会までの歴史の中で蓄積された知恵の中にあり、それは啓蒙されてゆく観念である。

だがオーウェルは『1984年』のなかでそういった啓蒙される観念に信頼を置いていないかのように見える。彼が信頼するのは、もっと素朴な、根源的な、個別的な人間性に対してなのである。

そういった人間性を剥奪されることの危うさを、啓蒙された観念が全体の意思や憎悪に安易に取り替えられる危うさを指摘するのと同じように警告を発する。




オーウェルの問いかける素朴な感情、人間らしい振る舞いの生ずる人間性は、「一羽のツグミの囀り」に描かれるように、われわれの日常の中でかくも脆く全体に収束されるものなのか?




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参考書籍

『こころと技術革新』
ウィンストンとジュリアが結ばれるシーンの描写について筆者が参考にさせていただいた指摘が示されています。





【『1984年』 / ジョージ・オーウェル (完結編)】へ  >>


『1984年』 / ジョージ・オーウェル (前編)


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NINETEEN EIGHTY-FOUR
George Orwell
1949. First edition.






憎悪し続けるわたしたちの側がプロパガンダを創出するパラドックス


ジョージ・オーウェル『1984年』ほど右からも左からも引用されやすい文献はない。

この間、朝日新聞のことを作中に出てくる「真理省」だと揶揄するブログを拝見して苦笑した。

『1984年』がプロパガンダに援用されることは今に始まったことではない。ハヤカワ文庫の訳者が引用しているようにニューヨークの新聞売りは「この小説を読めばボルシェビキの頭上に原爆を落とさなければならないのか分かる」と初版当時の冷戦時代から放言していたのだから。

きっとその新聞売りも前述のブロガーも『1984年』を完読したことがなくて、オーウェルの他著の『ウィガン波止場への道』とか、エッセイ『絞死刑』は存在すら知らないかもしれない。

朝日が「真理省」ならNHKも「真理省」であり、「オブライエン」は安倍中川で、「ビッグブラザー」は昭和天皇の亡霊といったところか。

憎悪週間」に政治的援用をされること自体が「ニュースピーク」の本質であり、朝日を政治的に罵倒したいためにオーウェルを引用されること自体がオーウェルの哀しみであり、『1984年』が文学として失敗作たるゆえんなのである。

その『1984年』は1984年に映画化された。映画産業に乗り出したヴァージンの制作第2弾である。ちなみに第1弾が『エレクトリック・ドリーム』というお気楽SF映画だったことを思えば、二作目にこの暗い題材を持ってくるのも意欲的だ。音楽シーンの第二次ブリティッシュ・インベンションでヴァージョンがニューウェーヴ・アーティストで稼ぎまくっていた懐かしい時代である。

主演、ウィンストン役はデヴィッド・リンチ監督『エレファント・マン』でも主役を張ったジョン・ハート

『1984年』はかのデビッド・ボウイも映画化を狙ったが、オーウェルの未亡人にあえなく断られて実現しなかった。ジョン・ハートの険しい表情の演技は近年のボウイに通じる感じがして面白い。

『1984年』は独裁国家の権力を告発した作品である、という批評では足りないと言う気がする。

正確には、独裁的な権力が永久に持続することの恐ろしさを告発した作品である。

スターリン体制が終わりベルリンの壁が崩壊したり、ヒトラーが死んで第三帝国が滅亡する、というような幕引きは『1984年』のオセアニア国では望み得ない。

『1984年』に登場する架空の仕掛け、すなわち『ニュースピーク』だとか『二重思考』、『憎悪週間』といった概念はおおよそこの世界のあらゆるリアルの諸相にリンクする。

それはなにも平壌放送だとかに限られることではなく、イラク戦争報道におけるCNNも負けず劣らず「憎悪の二分間」的にプロパガンダしてきたし、権力に都合の悪い者へ「自己責任」論をぶつけたり、「テロとの戦い」という「テロ」の語彙を無節操に拡大解釈して他のロジックを差し込めないように一語に集約させるのは「戦争は平和である/自由は屈従である」というスローガンや「新語法辞典」のやりくちに近い。

そのうち、国民総背番号制が確立されれば、容易に役所は「非実在者」を作り出して、社会保険や年金の還元を故意に不正操作する時代が来るかもしれない。

権力が無自覚なままに永続され、当たり前のことがいつしか別の当たり前に置き換えられ、社会不安が煽られ、他人同士が互いを監視しあい、置き換え可能な役割流動社会に対する従属と被承認欲求をちらつかせて、本性的な人間性を売り飛ばさせようとする。

こうやって書いていると、オーウェル的世界は現在の日本で半ば達成させられたような気がして寒々とした感覚を覚える。

オーウェルの卓見はかくも見事に後世の我々を予感している。

こうしたオーウェル的な仕掛けを創案することはともかく、一作の小説にまとめ上げる作業はオーウェル自体も大変なことだったにちがいない。

『1984年』が物語的なダイナミズムに欠けるのは、物語にとって瑣末な事柄でありながらもオーウェル的世界の悪夢を演出する画期的な仕掛けを書き込むことに、作者が没頭せざるを得なかったからに他ならない。

その『1984年』の視覚化であり、映画化であったのだ。物語の息を吹き込むことが映画『1984年』の役割であった。




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原題:NINETEEN EIGHTY-FOUR
製作年:1984年
監督・脚本:マイケル・ラドフォード
主題歌:ユーリズミックス
出演:ジョン・ハート(ウインストン・スミス)、スザンナ・ハミルトン(ジュリア)





しかし政治的援用の手助けをさせられないために、オーウェル的世界を理解することが困難であるのと同時に、この映画もオーウェルの観念を視覚化することに腐心してほとんど空振りに終わっている。

登場する兵士はナチス、党員はクメール・ルージュといった出で立ちで、テレスクリーンに監視されるくだりをはじめ、真理省の役人である主人公ウィンストンが実在者や非実在者の情報を焼き捨てるシーンといった重要な場面までも単純に「文章のそのまんま視覚化」、説明的描写に終わってしまう。

『1984年』の世界を政治的に理解しようとすれば独裁体制に対する怒りで止まり、社会学的に理解しようとすればオーウェル的世界にリンクするリアルの諸相に対する異論反論に終わる。

架空の「オセアニア国」に対する我々の率直な感情をリアルの世界に反映しようとすれば、それは衒学的で、ファナティスティックで、アンチの怒りが突き上げてくるような、だが異論反論に終わる。その異論反論もまた限定的にプロパガンダ的な色彩を帯びる。我々自身が「憎悪の二分間」を演出する滑稽な姿を露出する。

怒り・義憤といった感情は当たり前のようでありながら、オーウェル的世界の「憎悪の二分間」に通じてしまう、なんともパラドックスな様相を招いてしまう限り、怒りや義憤は負の感情でしかない。

しかし忘れてはならないのは、『1984年』の世界は怒りや義憤といった自己の感情でさえ社会に統治され、もはやあらゆる感情や感性の自発性さえもが失われているという、ぎりぎりの人間性までもが永続する権力に被承認欲求を乞い、屈従するところまで深く病んでいるのを忘れてはならない。

オーウェル的世界のリアルの諸相から絶対的に虐げられ、屈従される側である我々の側が、自ら他者への憎悪と不安の腐臭を演出する主体となり、より弱いものを叩く。

あるときは、北朝鮮の民衆を、在日コリアンを、クルド人難民を、イラクの人質を、被差別部落出身者を、マイノリティセクシュアルを、生活保護受給者を、精神障害者を、すぐ隣の男を、そして女を。

『1984年』を創作するためにオーウェルがその仕掛けを細かく描きこむために払った同じ労苦を、われわれはプロパガンダ援用として、生理的憎悪として、そして反動勢力に対する異議申し立てという形に応用して、すべてをオーウェル的世界の瑣末な諸相の表面を空すべりさせ、すべての言辞が何者かに対する攻撃の言辞という負の消費に費やしてしまう。

『1984年』を語ることそれ自体がすでにプロパガンダと相通ずる危険性、ウヨクだ、サヨクだ、という不毛なウンコの投げ合いで憎しみに転じる危険性をはらんでいるのである。




本当のオーウェル的世界では、もはや、異論反論どころか、生理的憎悪をも含めて全ての人間性が死んでいるのである。

物語の結末、主人公のウィンストンが独裁者「偉大な兄弟」への愛に呼応するブラックな終わり方が全て示している。禁止された日記を書き始めたウィンストンの主体性は「偉大な兄弟」への被承認欲求の前に屈服する。

我々の義憤が他者への憎悪の入り混じったプロパガンダに転化するパラドックスを起こす前に、わたしたちは今一度、オーウェル的世界の瑣末な表面から離れなければならない。

自らが「オセアニア国」で生きるウィンストンやジュリアそのものであることの意識からはじめなければならない。

立ち戻らなければ・・・・・・人間性のインポテンツとなって、(国家や)メディアに提供されるセックスや恋愛のイメージやモラルの奴隷(お馬鹿な消費者)になって、テレスクリーン(ネットorメディア)という全体への被承認欲求に媚びる信者になって、他者の不安に怯え、弱者への虐待に駆り立てられ、もはや自分で考えることも、感じることも、自ら人間であることを失い、「偉大な兄弟」に「生ける屍」と呼ばれるような、・・・・・・そんな自分たちへ、悲惨で滑稽で哀しみのオーウェル的住人、そのものであることへ。




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1984年 (ハヤカワ文庫 NV 8)1984年 (ハヤカワ文庫 NV 8)
(1972/02)
ジョージ・オーウェル新庄 哲夫



オーウェルにおける革命権力と共産党
オーウェルの思想の政治的解釈

絶望書店-オーウェル!!
「1984年」初版当時に描かれた漫画

「華氏911」中の「1984年」引用
マイケル・ムーアの引用と挿入自体は見事に心憎い演出でした。





【『1984年』 / ジョージ・オーウェル (中編)】へ  >>


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