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読書と音楽と映画の寸評

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『1984年』 / ジョージ・オーウェル (中編)


「一羽のツグミの囀り」に描き出されたもの




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映画の『1984年』では国家の監視を逃れるべく郊外の田園地帯に出かけたジュリアとウィンストンが、国家の承認を得ないセックスをする場面は割とあっさりと描かれていたと思う。

だが原作のその場面は全然違う。隠しマイクの危険性のない森の中で抱き合ってもウィンストンは欲情を抱くことが出来ない。なぜなら欲情は「思想犯罪」であり恋愛は禁じられていた。セックスは党や国家に奉仕するための生殖の手段であって、快楽を伴うことや相手に魅力を感じる感性そのものが禁じられていた。

ウィンストンの本来的な性本能、欲情は骨の髄まで党の規律に蝕まれ、彼はジュリアを自然に抱くことさえ出来ない。

結局、ウィンストンとジュリアのセックスをいざなったのは彼らの欲情の意思でも本能でもなく、「一羽のツグミ」の囀りだった。


「鳥はいったい誰のために鳴いているのだろうか」



ツグミの囀りを聞き入っている間にウィンストンの中から「脳裏からあらゆる妄想」が消え、「彼は考えることを止めただ感ずることにした」。

そうやって一羽のツグミの囀りに押されるように、二人は「党を分解させる力」としての「相手を選ばぬ単純な欲望」、性本能を互いにぶつけ合うことに成功する。

しかしその行為が終われば、ウィンストンの欲情はまたしても現実へ引き戻される。


「しかしツグミが囀っていた時、ハシバミの木の下で感じた無心の優しい心はついに戻ってこなかった」



ウィンストンとジュリアに、本性的な人間らしい振る舞い、人間らしい情動としての欲情を取り戻させた一羽のツグミの囀り。二人は後になってもう一度この瞬間のことを思い出そうとする。


「覚えているかい、あの最初の日、森の外れでツグミが僕たちのために歌ってくれたことを?」


「ツグミはわたしたちのために歌ってくれたんじゃないわ。自分の楽しみで歌っていたのよ。いいえ、そのためでもないわ、ただ囀っていただけなのよ」



ツグミの意図のない、囀るためだけの囀り。そのような自然な振る舞い。それこそがわたしたちが他者に恋をし、欲情し、性感を求め合う一連の過程の単純な成り行きである。

奉仕するための生殖のために、党への忠誠のために、男女間の欲情にまで国家が介在する。なぜか。そのようなごく当たり前に成り行く自然な行為は人にもっとも他者との結びつきを、理由ではなく、説得させる。本来、社会的役割よりも恋人や家族との結びつきが先行するのは、そこに自己の考える意思以上の、自然にただ感じるということの思考やモラルの差し挟めないゆえに強力な説得力が備わっているから。

だからこそ、党は権力が作り出した「二重思考」「ニュースピーク」が介入できない男女の結びつきの「自然」を排除しようとする。

その束縛を解き放ったツグミの囀りこそが、人間らしい振る舞いを禁じた人間社会のウィンストンとジュリアが目の当たりにした、当たり前の、あるがままの自然であり、ただセックスしたいためにセックスをするという当たり前に感じること、人間の振る舞いを呼び起こした。




ただ当たり前に感じること、そういった人間らしい振る舞いに対する「救い」への希求。

そういったものに関して、ツグミの囀りと同じように呼応する物語のエピソードが他にも現れる。

ウィンストンが少年時代に生き別れた母や妹への回想である。

極貧にあえぐ彼の一家。配給で与えられたわずかなチョコレートを、少年ウィンストンは飢えた幼い妹の分までも奪って、母の叱責と悲しみを振り切って家の外へ飛び出した。そして奪ったチョコレートで空腹を満たし、自分の行為の恥ずかしさを感じながら帰宅すると、もはや母と妹の姿はなく、ウィンストンはそれっきり家族と生き別れてしまう。

ウィンストンは母が彼を呼び止めようとした最後の叫び、瀕死の妹を抱擁する母の姿を思い起こし、母の行動の、ただ自然に当たり前になされたその振る舞いを、何度も反芻する。

彼の母は「非凡な女性」でも「知的な女」でもなかった。その時思わず妹を抱きしめた母の「一種の気品と一種の純潔さ」。チョコレートの最後のひとかけらが抱擁によって新たに現れるわけでもなく、子供の死を回避することが出来ない役に立たない行為であった。だがウィンストンはそこに特別な意味を見出す。


「無駄な行動というのは意味がないからといった考えは夢にも思い付かなかったに違いない。もし誰かを愛するとすれば、あくまでその人を愛さなければならぬ、何も与えることがない時はその人にまだ愛を与えることが出来るのだ」



母にとって、死に瀕した娘への無為な抱擁とは、
「そうすることが自然のように思われた」行為に過ぎなかった。

ウィンストンの母のその「気品と純潔さ」には、
「それはただ母が押し付けでない規範を守ったからに過ぎない」というまったく個人的な意思、感性に属したものであった。


「母の感情は生得のものであり、外部の力によって変えることが出来ないのであった」



それこそが国家が圧殺しようとした他者への結びつきに対するごく当たり前の人間性から発する人間らしい振る舞いそのものであったはずである。




1984-movie-bb_c.jpg





イラクで日本人が人質になったとき、わたしたちはその悲嘆に暮れる家族に「自己責任」を放棄した「反日分子」といったロジックでヒステリックなパッシングを行った。

同じ被害者でありながら「拉致被害者」の家族らが北朝鮮への経済制裁を呼びかけることにはわたしたちの中に何の躊躇もなかったが、「人質」の家族が自衛隊の撤退を口にしたものならそのパッシングは更に激化した。

同じく家族を奪われたものでありながら「拉致被害者」の家族は声高に論調のボルテージを上げることを容認され、「人質」の家族には非国民ばりのレッテルを張りひたすら頭をたれることを要求する。

限りなく官邸主導で導かれた「自作自演」説などというものはあったが、同じ被害者に対する矛盾したわたしたちのこの態度こそ、全体の必要によって容易に真理の矛盾を変更する「二重思考」ではなかったか。

小泉首相が二度目の訪朝の際、ほとんど何の結果も得られずに帰国したとき、それを非難した拉致被害者の家族を今度はパッシングが行われた。

あれだけ同情されていた拉致被害者の家族たちに対するパッシングは予想外であったが、それはもともとこの事柄に対して、被害者の肉親を思う気持ちとはまったく無関係に程遠いわれわれの側の身勝手なエゴが、拉致被害者の家族の行動が出すぎた杭のように不快に思われて、それを叩こうとしたパッシングであったのだろう。

国家があらゆる「情緒」的な事柄に対して行う不正はその情緒を短いスローガンに矮小化して煽り立てることだけだ。

いわく、「テロとの戦い」、「自己責任」。「オセアニア国」の「無知は力である」を踏襲するかのように感情的スローガンがわたしたちに思考を挟み込むことなく「憎悪の二分間」へと駆り立てる。

わたしたちは見事にその「全体」の意思に寄り添ってきたかに思える。
北朝鮮拉致事件が明るみになれば民族感情を沸騰させ、イラク人質事件が起こると国に余計な迷惑をかける無責任な跳ね上がりとばかりに「全体」の論理を優先させた。

だが、そこには国家という、公という「外部の意思」、外在する「全体」の意思を無自覚に、あるいは扇情された憎悪のうちに自分の意思と取り替えたに過ぎない。「押し付けられた規範」に自ら迎合していったのだ。

だからこそ、拉致被害者の家族が肉親を思う気持ち、イラクの人質の家族が子や兄弟の安否に見をそがれる思いに対する感情に決してリンクすることはなかった。

ウィンストンの母のような「押し付けではない規範」「生得の感情」に対する理解は、完全にわたしたちの中で致命的にスポイルされていたことがそこでははっきりと暴露されていた。

わたしたちのスポイルされた人間性の荒廃の中に、北朝鮮の飢餓で苦しむ子供らの悲惨な映像を眺めながら同時に圧倒的弱者の彼らを餓死に追い込むことは必然である経済制裁でさえも可能にさせる。

この荒廃の中ではわたしたちはむしろ主体的に北朝鮮への「二分間の憎悪」に狂騒し、全体に自らを同一化させているのではないか。そこではわたしたちは『1984年」において「ユーラシア国」を憎悪する「オセアニア国」の官僚的党員の姿に酷似する。

ウィンストンはオセアニア国においてもはや監視や統制の対象ではなくもはや「動物」と同じ扱いを受ける「プロレ階級」の中に希望を見出そうとする。

それは、彼らにとって

「大切なのは個人的な人間関係であった。そして全くどうしようもない仕草や抱擁、涙、死に瀕している人に語りかける言葉などもそれ自体の中に価値をもつと考えられていた」



そういった「党や国家、観念」ではなく「お互い同士に忠実な」「人間性」を見出していたからである。

ウィンストンはそれを「素朴な感情」とも言い換えているが、これは彼の母の感情の「生得」さ、「押し付けではない規範」の当たり前の自然さと全く同じ意味なのである。




『1984年』の中で「オセアニア国」の監視や統制、観念に対して、それに反発する位置に置かれているものは決して「オセアニア国」に対する単純な反発の意思や義憤などではない。

多分に仕掛けられたシステムの統制に対する思想的な反動は、それ自体が「観念」であり、体制への「憎悪」は、比較的簡単に「オセアニア国」の「ユーラシア国」(リアルの現実ならば北朝鮮やイラク)に対する「憎悪」に類似していて、あっさりと置き換えられたりするものだ。

ここにこそ『1984年』がアンチ全体主義社会への啓蒙書として安直に読まれてしまう危険性、誤解が存在している。

オーウェルが最も言いたかったこと、全体の統制に対置させたかったものは、むしろ作られた観念や憎悪に似た義憤などではなく、「プロレ階級」に描かれた「お互い同士に忠実な」「素朴な感情」というような人間性ではなかっただろうか?

ウィンストンの母が示したような「生得」の感情や「押し付けでない規範」から生ずる「気品と純潔さ」、「そうすることが人間らしい」と思われるような当たり前の、人間らしい振る舞い、明確に言えば個人の自由な意思に基づく人間らしい思いやりや優しさこそが、全体主義の意思が示す観念や扇情する憎悪に対抗しうるものなのではないだろうか。

そしてそれは、ジュリアとウィンストンが「一羽のツグミの囀り」に押される形でしか発揮することの出来なかった情欲のように日常の中で硬直し、軽侮の対象であり、あるいは全く振り替えられることなく「自己責任」などという意味不明のロジックにすら隠蔽され、故意に通過させられる。

わたしたちの圧縮され、流動的なシステムで置き換え可能な人格として扱われる世界において、素朴な人間らしさ、当たり前の振る舞い、そのような愛は「ツグミの囀り」に気づかされた「無心の優しさ」のように脆く、はかない。

わたしたちの規範や道徳・倫理は近代社会までの歴史の中で蓄積された知恵の中にあり、それは啓蒙されてゆく観念である。

だがオーウェルは『1984年』のなかでそういった啓蒙される観念に信頼を置いていないかのように見える。彼が信頼するのは、もっと素朴な、根源的な、個別的な人間性に対してなのである。

そういった人間性を剥奪されることの危うさを、啓蒙された観念が全体の意思や憎悪に安易に取り替えられる危うさを指摘するのと同じように警告を発する。




オーウェルの問いかける素朴な感情、人間らしい振る舞いの生ずる人間性は、「一羽のツグミの囀り」に描かれるように、われわれの日常の中でかくも脆く全体に収束されるものなのか?




1984-movie-bb_a.jpg







参考書籍

『こころと技術革新』
ウィンストンとジュリアが結ばれるシーンの描写について筆者が参考にさせていただいた指摘が示されています。





【『1984年』 / ジョージ・オーウェル (完結編)】へ  >>


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