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Conerius / Point


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Cornelius /   ”Point” / 2001

 



 

 
ハッピーとアンハッピーの真ん中にある「見るべき視点」


車にはねられる子猫の姿をまともに見てしまって、

たとえようもなく、どうしようもなく、かきむしられるように、焼き尽くされるように、

そんなふうに、わたしはことごとく怒涛に悲しかったので、

コーネリアス“Point”を聴いたのでした。


びっくりしましたよ、まだ小さい黒猫ちゃん、4車線の国道を突っ切ろうとして、スピードが遅くて、徐行の車にはねられちゃったんですよ。はねられた後もばたばたしてましたが、こっちも対向車線で車に乗ってましたからね、最後まで見てなかったけど、後続車の下敷きになっていったでしょう。
おかげで、昼ごはんにパスタを食べようが、そのパスタがトマトソースだろうが、店員の女の子が「以上でよろしかったでしょうか?」って言うけど「阿呆か、てめえがよろしかったか確かめるんだろうが、よろしかったと思うんだったら訊くな、馬鹿っ!」とか考えようが、隣の席のおばちゃんが料理残しながらずけずけと「ここに来る前、ちょっと腹足して来とったねん」と店員に不埒な発言をしようが、

猫ちゃんが忘れられませんでした。


わたしは突然変異に妄想する人間です。
だから猫のことを考えていたら坂本龍一を思い出したんです。


あの人、モンゴルに仕事に行ってからいきなりエコロジストになっちゃって、しかもガイア仮説と言われるニューエイジ寄りのあくまで仮説の学説の信奉者になってエコロジスト過激派に変貌しちゃって、
「人口の爆発的増加は医療の進歩で劣性遺伝子の命が救われるようになったから」「本来生命は弱性遺伝子が淘汰されることで均衡を保っていてそれが自然界の摂理だった」「今の世界は弱者の寿命を引き伸ばして反自然的だ」みたいなナチスの優生医学者なみの発言を格闘家と対談して言い放ったりして、
タバコ、バカバカ吸ってるくせに体の養成と称して合気道やってるし(ちなみに合気道経験者のわたしから見て、坂本の構えはなってなかった)、
かと思えば、YMOのとき、あれだけコケにした洋楽アーティスト達のライヴ・エイドと同じ二番煎じとしか言いようのない地雷廃絶音楽活動やったりするし、
でも60年代の反戦ミュージシャンと同列に並べられて偽善者扱いされたくないから「非戦」なんて無意味な言い換えをしたりするし、
はっきりいって、音楽家生命としては“BTTB”で終わっちゃってて、今はもうただただヒーリングミュージックもどきのリサイクル垂れ流し状態だったりする。


教授の悪口ばっか、言ってしまった。

要するに、
わたしが言いたかったのは、
出来損ないの進化論みたいなことを、
さも自分が初めて言い出したようにベラベラ安っぽく語る教授がファンとしていやだったわけ。
「劣性遺伝子」がどうのこうの言うやつは、イラクの地上戦で頭が吹っ飛ばされた子どもの死を最初から最後まで見なかったようなやつだけが並べられる御託に過ぎないわけ。


突然変異の脱線妄想終わり。



“Point”のアルバムの中に入ってる“Drop”なんか聴くと、水が洗面器の中でゆらゆら流れる音なんかが溢れるように聴こえてきて次第にドラムがビートを刻んでくる。
小山田に言わせると「川辺にいた子供の頃のイメージなんだ。あと、母親が帰ってくる前に、水を出したり止めたりしてたこととか、じゅうたんを引っかいてたこととか。そういう小さなことが僕をハッピーにするんだよ」
そしてアルバム“Point”は単純に「ノーマルな感情」を追いかける「ハッピーでもアンハッピーでもない」「どんな風にでも聴こえる」世界の様相なのだ。
だから“Drop”の歌詞は最低限の知覚に読み取られた情景描写のオンパレードで、ただ一言主観が述べられるのが「せかい / ひろい / みたい」という言葉だったりする。


意味に括りつけられたものから少しだけ潜り抜けてみる。ゆるい風を頬の感じながらただその感じだけに埋もれていく。子どもが水遊びをするような、水をひっくり返して体に浴びて泣き出してしまうような、そんな最低限の知覚で構成される世界。そんな自分からも他者からも拘束不可能な「見るべき視点」。それはハッピーでもアンハッピーでもピースフルでもなく、それ全部だったり、そうじゃなかったり。

生きているこの感じだけを、死に向かって降りてゆきながら、たおやかに、手許で、受け止めている。


脆く非力で愚鈍なわたしが、ありったけの世界の悲しみに対して、表すことのできる態度はそれがすべてだ。

車にはねられる子猫の命がはじける姿をまともに見てしまったら、はじけてしまった命に対してただ意味の装飾を逃れて、ただ悲しくなる自分を見ていくだけ。

そんな自分のBGMには“Point”は無意味で自己憐憫に駆られず、頬をなでるゆるい風のような感じで、わたしには、それで、いいと思う。

 






pointpoint
(2001/10/24)
CORNELIUS






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